12月9日号
三角形ホーム 珍しく 近江鉄道「高宮」

珍しい三角ホームに電車が行き交う近江鉄道高宮駅
 JR彦根駅から近江鉄道に乗り換えて2つ目の駅が春の桜と三角ホームで知られる「高宮」。多賀線の乗り換え駅になっていて、八日市方面と多賀大社方面に向かう電車が行き交うホームが三角形、扇形になっている珍しい駅である。

 かつて多賀大社の玄関口としてにぎわったこの駅も、大正3(1914)年に開業した多賀駅にその座を明け渡し乗り換え駅になった。今は戦後進出してきた大手企業の工場への通勤客がちらほらで、普段は1日約150人の乗降客が利用するだけ。駅員の中村竹雄さん(64)は「お客さんも顔見知りばかり。時折、中山道を散策する熟年グループが降りてこられる。駅の自慢はプラットホームに咲く3本の桜の木。お客さんとともに花を愛でる季節が一番の楽しみです」と話した。

 駅から200メートルほど歩くと旧中山道六十九次、江戸から64番目の高宮宿=写真下=がある。大北地蔵から犬上川畔の無賃地蔵まで約800メートルにおよぶ宿場町は、往時の面影をしのばせながらそのままレトロな商店街として息づいている。

 江戸の宿場町の情緒に昭和様式の町並みが重なり合って、通りには歴史ロマンがあふれる。宿場町を横切る小さな川に沿った多賀道との交差点に多賀大社・一の鳥居と常夜灯がある。旧本陣跡の表門が民家の玄関として残されている。歌川広重の浮世絵にも描かれた高宮(近江)上布の仲買商・布惣屋敷跡や芭蕉の紙子塚などが白壁、紅殻格子の町並みに点在する。


 裏通りにも布惣蔵や、かつての高宮城の外堀だったという五社川(化粧川)沿いの高宮小学校、古刹(こさつ)が点在する。通りの街路灯に「高宮宿」の榜札の掛かる大通りには、今も残る格子の旧家に、雑貨屋やろうそく屋、電気屋、魚屋、酒屋など昔懐かしいたたずまいの商店街が連なる。今どきの商店街で、歯抜けになったりシャッターを下ろした店がないのがすごい。その中の一つ、店内に大小のちょうちんがずらりとつり下げられたちょうちん屋さんに入ると店主の馬場太志雄さん(65)が「子どものころはこの商店街もにぎわったが昨今はもうひとつ。暮らしを支えてきたちょうちんの需要も少なくなり古いだけです」と謙遜(けんそん)しながら話してくれた。

 江戸時代には総戸数約850軒、本陣1、脇本陣2、旅籠(はたご)23軒、人口約3500人を数えた大宿だったという高宮宿は、多賀大社の門前町としてのにぎわいもダブらせて発展してきた。町中を横切るように流れる小さなせせらぎが足元を心地よい音で包み込んでくれる。通りに面して本陣前に立つ威風堂々の名刹、円照寺の山門と境内の「家康腰掛石」や明治天皇ゆかりの松。それに、桜並木の石畳を踏む参道に芭蕉句碑が立つ高宮神社。本殿背後の森から時折、小鳥のさえずりが響く静寂の空間が宿場町風情をひときわ引き立ててくれる。

 駅から中山道に出て往復1時間余の高宮の町並み散策。門前町と宿場町、なつかしい昭和レトロの商店街を重ね合わせてたっぷり歴史ロマンを体感できる歩き旅である。

多賀大社「一の鳥居」(彦根市高宮町)

 近江鉄道・高宮駅から徒歩10分。中山道と多賀道(参道)との分岐点に立つ。寛永12(1635)年に建立されたもので、柱間8メートル、柱の直径1・2メートル、高さ11メートルの威風堂々たる鳥居。県指定文化財にも登録されている、今も昔も高宮町のシンボルである。
 多賀大社は古事記にも登場する古社で「お伊勢へ七度、熊野に三度、お多賀さんへは月参り」とうたわれ延命長寿の神として親しまれてきた。かつてはこの「一の鳥居」をくぐって約3キロの参道を歩いて多賀大社へ参詣した。大正3年に多賀線が開業するまでは多賀詣りの拠点だった。

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