12月2日号
シャチホコ見守る 長政・お市の方 JR北陸線「河毛」

シャチホコをあしらったまだ新しい駅舎。町の「育てる会」が運営する
 レール西側から駅を訪ねる。ところが整備されたホームは目に入るが、駅舎が見えない。と思いきや、ホームの東側に屋根の上にシャチホコをあしらった建物がのぞく。東側に回ってわかった。この駅舎らしき建物が「河毛駅 コミュニティーハウス」なのだ。

 河毛駅は北陸線に昭和29年8月1日に開業した。もともと短いホーム2本を持つだけの無人駅。清掃などは、地元住民らが自主的に行い管理していた。

 現在の駅舎は、こうした殺風景な駅を町が、平成5年から翌年にかけて本格的に整備。建物は乗客の待合、住民のふれあいと観光客へのサービスの場として造った。外観は小谷城跡が近い駅らしく、天守閣のあるお城風である。鉄骨平屋だが、柱の下は、石垣を模す工夫も施している。駅前には浅井長政とお市の方の像も置かれ、当地が戦国の舞台であったことをPRする。

 コミュニティーハウスは朝6時半から午後7時まで開放されている。切符の販売など駅本来の機能のほか、レンタサイクル業務、物品販売、時に観光案内なども受け持つ。内部に町の立体模型を展示した観光情報コーナーや郷土物産展示・販売コーナーなども設けられる=写真下。

 運営にあたるのは「河毛駅を育てる会」(会長・南部厚志湖北町長)で、会員は地元のシニアたち。訪れた日は、佐野重美さん(70)が客の切符の手配や観光案内の応対をしていた。「ハウスでは7、80代の4人が日替わりに詰めて、業務を遂行している」という。窓口の張り紙に、切符を購入すると金額の5%がJRから手数料として町に支払われ、これがハウス管理運営費に充てられる、と記してあった。


 1日の乗降客は約390人。「10月21日からの北陸線の直流化で、駅には快速が1時間に1本停車、また駅東の80台収容の駐車場が無料ということもあり、乗降客はそれ以前から2、3割増えている」と佐野さん。

 役場の町づくり課参事・竹内源一さん(54)は「今進めているホーム西側のスロープ設置や駐車場拡張などのほか、コミュニティーバスを増やす交通体系の見直し、さらに駅に観光案内所機能を持たせるなど、観光客や乗降客増といった将来の駅構想に向け、着々と準備を進めている」と話す。

 駅周辺を散策し、町のパンフレットにある水鳥公園と小谷城跡を目指す。

 水鳥公園は、ロッジ式の建物が西の琵琶湖に臨んで立ち、地元や大阪などから、飛来するコハクチョウなどを収めようというカメラマンらが訪れていた。「これから冬に向け、こうした鳥愛好家やカメラマンの姿が多くなる」と公園職員。そういえばこの公園は、同町の意外な観光スポットなのだ。

 小谷城への道は険しい。山道の途中で地元に住む橋本光雄さん(66)の家族ら5人に会った。「30年前に登ったが、道が変わっていてしんどい。よくまあこんな場所に…」と言いつつ次の本丸跡へ向かった。

 町管理の駅舎と四季を楽しめる水鳥公園、それに覇権の舞台の古戦場。訪ねるほどにすっかり魅了され、駅を辞したのはハウスの閉まる午後7時だった。

小谷城跡(湖北町郡上)

 湖北を制するものは「天下を制す」とされた戦国時代。浅井長政が、織田信長が、豊臣秀吉が覇を競った。湖北町と浅井町にまたがる小谷山に最初に城を築いたのは、浅井家初代の亮政(すけまさ)で、大永年間のことである。そして3代目長政居城の天正元(1573)年の夏、徳川家康と手を組んだ信長に攻められ落城する。典型的な中世山城として、今も山上までの山肌には番所跡、馬洗い池、大広間、お局屋敷跡、中丸、本丸石垣などの遺構が点在、訪れる人をはるかな歴史舞台に誘ってくれる。山上までの道は険しいが、登り切れば湖北一市三郡、琵琶湖が一望できる。

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