11月11日号
鎧板張りに90年の風格 近江鉄道「新八日市」

開業から約90年。当時の姿をとどめる貴重な木造駅
 古い記憶の糸をたどって、その向こうに見えてくるような、懐かしい建物である。木造2階建て洋風鎧(よろい)板張り建築。古びて色あせているが、入口の赤い屋根の塗装、正面のパステル調の緑も鮮やかだったろう。八日市駅から数百メートルしか離れていない無人の駅舎としては、ちょっと構えが大きい。

 「昔は、ここから近江八幡まで八日市鉄道が走っていて、その本社の建物だったと聞いていますよ」と、駅前の飼料販売「山平」事務所の山田喜美子さん(65)。この日、孫の修平君=八日市南小6年=が応募して入選したヘッドマーク・デザインを付けた電車が走っているのだと、うれしそうだった。

 新八日市駅は現在、近江鉄道八日市線の途中駅の一つだが、駅舎の開業時は八日市側の終着駅。大正2(1913)年、八日市鉄道の前身である湖南鉄道の八日市口駅舎兼本社屋として建設された。その後、琵琶湖鉄道、八日市鉄道と名を変え、昭和19(1944)年に近江鉄道と合併。昭和21年に新八日市駅と八日市駅が結ばれるまで、ターミナル駅としてにぎわった。この間、昭和5年にはこの駅から沖野ケ原の飛行場までの2・7キロに“飛行場線”が開通、戦時中は軍事輸送の拠点にもなった。

 目まぐるしい変遷にさらされながら、開業以来九十余年。昔のままの姿でひっそりたたずむ駅舎は、傷みもかなり激しい様子で、2階は閉め切ったままだ。今では珍しくなった木造駅。広すぎて持て余し気味の待合室と、朽ちかけた木製の改札口も愛らしい。旅人の気分で、古びた木のベンチに座っていると、心温まるぜいたくな空間に思えてきた。


 駅前には広い青空駐輪場があって、自転車で埋まっていた。「250台ぐらいでしょう。ほとんど永源寺や愛東、湖東(いずれも旧町)から八幡の学校に通っている学生さんです。ここから乗れば八日市駅からより50円安いし、駐輪代がただやから」。そう言って笑うのは、5年前まで16年間、改札などの委託業務員をやっていたという森岡和子さん(75)。窓口業務は土、日・祭日を除く朝の7時から9時まで。改札と掃除が主な仕事で、森岡さんのように地元の人が勤めるケースが多い。

 駅を出たところが、近江八幡と八日市を結び永源寺へ続く八風街道だ。駅周辺にはうどん屋やうなぎ屋、八百屋などの店も繁盛していたが、ターミナルでなくなると次第にさびれてきたという。街道を八日市駅の方に向かうと、まもなく親玉饅頭の親玉本店の前で御代参街道と交わる=写真下=。

 御代参街道(脇往還)は、湖東地方を南北に貫き、東海道土山宿と中山道愛知川宿を結ぶバイパス。東西を横切る八風街道と八日市の町の真ん中で交わっているのだ。街道筋の商店街でもらった「八日市場を育てた御代参街道」というパンフレットを読みながら、街道を歩く。

 そして、ちらっと思った。新八日市駅の盛衰は後世、どのように語られるのだろうか、と。

ひょうたん博物館(東近江市八日市金屋)

 金屋大通りで花屋さんを営む回渕治二さん(84)が、50年前に開店祝いでもらった1個のひょうたんにとりつかれて収集した2000点に及ぶひょうたんを展示する。インド、中国、韓国、ペルーなど世界のコレクションにとどまらず、自分で苗から栽培して加工もする。商店街の空き店舗を利用した館内には収容しきれず、本店2階の一室まで占領。透かし彫りや螺鈿(らでん)・銀細工、漆塗りなどを施した、大小さまざまのひょうたん工芸美術品がずらりと並んでいる。一昨年の初夏、湖国を訪れた秋篠宮ご夫妻も見学された。無料。電話:0748(23)4587。

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