11月4日号
四季折々の自然 誇らしげ JR湖西線「近江今津」

若狭との縁を感じる近江今津駅。高島市を代表する駅としてにぎわう
 琵琶湖の西岸に沿って細長い地形の高島市には、JR湖西線の駅が6つある。近江今津駅はその代表格の駅といえよう。

 今津は古くから若狭・北陸と京を結ぶ舟運でにぎわった町であり、駅頭に立つと若狭を身近に感じる。

 駅の西口に停まっていたJRバスは、福井県・小浜行きだった。朝から夜まで1時間1本の運行で、同駅と小浜の間を約一時間で結ぶ。また、駅構内の観光案内所には「小浜の観光案内もしています」との表示もあり、若狭との縁の浅からぬものを感じさせる。

 今津−浜大津間に江若鉄道が開通したのは1931(昭和6)年である。が、この鉄道も69(昭和44)年に終えんを迎え、74(昭和49)年7月、湖西線の開通で現在の近江今津駅が出来た。駅の建設に伴って「駅に通じる幹線道路と駅前広場が整備され、旧市街地との連携が図られた」(今津町史)という。

 構内の観光案内所には、次々行楽客が訪れていた。埼玉県から来た男性は、琵琶湖をスケッチしたいと、今津港へ行く道を尋ね、若いカップルは、レンタサイクルを借りる手続きをしていた。応対していた町観光協会の安本恵子さんは「じっくり見ていただければ、今津の良さがわかります。一押しは四季折々の自然で、自慢できます。写真を撮る人やスケッチする人、顔なじみもいます」と話す。

 駅の東口を出ると、琵琶湖からの風がほおをなで、少し歩けば今津港である。その途中に「琵琶湖周航の歌資料館」(無料)があり、この町が「われは湖(うみ)の子さすらいの…」の歌の発祥地であることを強く発信している。

 今津港からは、竹生島を巡る便と、同島を経て長浜へ行く便が出ている。港から見る琵琶湖はまさに絶景。「古い伝えの竹生島」詣では今も盛んだ。


 港の前の道を少し北上するとT字路=写真下=があり、「九里半街道起点」と書かれた案内板が目についた。今津と小浜との距離が9里半(約38キロ)だったことからこの別称があったとか。いわゆる若狭街道であり、この道を西にたどると北からの北国街道と交差する。

 今津は、江戸期は加賀藩領であった。町を歩くと今津代官所跡といった案内板があったり、湖畔には松並木も残る。古いたたずまいの旅館などもあり、宿場町の名残が感じられる。

 また、ヴォーリズが設計した3棟のハイカラ建物(旧今津郵便局、今津教会など)があるヴォーリズ通りも趣深い。

 駅を起点にぶらぶら散策してみると、町のあちこちにどこか懐かしさを感じる風景があった。

 さらに近年はザゼンソウの生息地も脚光を浴び、2、3月のシーズンには観光客でにぎわう。

 駅の東口広場にテントが張られ、人だかりがしていた。毎月1回、地元の商工会のメンバー十数軒が特産物などを販売する「うまか市今津」の開催だという。

 メンバーの一人、藤戸陽介さん(31)は「今年で3年目。もう定着しました」。地元の人だけではなく、ここで買い物をして港の方へ向かう観光客の姿もあり、なかなか盛況と見た。

今津ヴォーリズ資料館(高島市今津町今津)

 米国の建築家、ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880−1964)を顕彰する資料館で、ヴォーリズ通りにある。建物は、1923(大正12)年、ヴォーリズの設計で、第百三十三銀行(滋賀銀行の前身)今津支店として建てられ、3年前資料館になった。

 ヴォーリズは近江八幡に住み、各地に数々の名建築を建てた。その一方でキリスト教の伝道に力を注ぎ、交通網が未整備だった今津など湖西への伝道は「ガリラヤ丸」と名付けた動力船に乗って往来した。館内では、写真パネルなどによってヴォーリズの足跡を紹介している。無料。月曜休館。

滋賀新聞TOP京都新聞TOP