10月21日号
開業時の姿 今も健在 JR東海道線「安土」

かつては歴史の表舞台に立った安土。ノスタルジーを秘めた雰囲気が漂う
 駅周辺を彩る唐破風(からはふ)様式の交番、地下道の屋根を飾る八角形の南蛮風天主塔のハイカラさ。さらに駅前の教会を想起させる2つの白亜のビルも異国風だ。

 それに比べ駅舎は、素朴でノスタルジックな感傷さえ誘う。初めて降りた観光客らを「ほっとさせてくれていいわねえ」とか「遠い昔を思い出す」などと言わしめるのもなるほどとうなずける。

 JR東海道線の「安土駅」である。瓦ぶき木造平屋。正面に掲げられた駅名を記す看板はあるが目立たないだろう。それもそのはず、大正3(1914)年4月25日に開業して以来、駅舎は当地で90余年の星霜を刻み、町を見続けているのだから。

 「県内の沿線で開業当時のままというのは、稲枝駅(彦根市)とうちぐらいじゃないですか」と駅員。とはいえ安土駅は、事故などの際の折り返し駅で、駅員6人はみんなJRの正社員である。無人駅や委託駅などと違い、泊まり勤務もある重要駅なのだ。

 安土といえば駅舎こそ小さいが、かの織田信長の命によって築城された安土城が観光の象徴として全国的に知られた町である。それを駅前周辺の風景をはじめ信長像、織田桜は教えてくれる。

 築城開始から3年後の1579年、信長が移り住んだ五層七重の天主閣は金箔に彩られ、空にそびえ輝いていたという。しかし1582年、本能寺の変で主を失うと天主も本丸も焼失。今年2月、日本城郭協会の日本100名城の一つに選ばれた。しかし、駅から徒歩約25分の安土山ふもとにある城跡の石垣や階段が、ただ往時を物語るのみである。


 駅前地下道をくぐり抜けた所に安土町城郭資料館=写真下=がある。昨今は、NHKの大河ドラマや信長ブームも手伝い入館者が多い。特に館内に置かれた20分の1の安土城の模型やローマに渡った屏風絵の複製が人気を集める。

 確かに「観光客は、昨年10月の6万8400人が、今年は同月で1・6倍になると予測している。今年6月のあづち信長まつりには町の人口1万4000人を上回る2万人以上が訪れた」と町産業振興課の川嶋満貴さん(34)。もちろん、レンタサイクルや徒歩で駅舎から2、30分で行ける近江風土記の丘に立つ信長の館、文芸の郷、考古博物館など県の施設も観光客の誘致に大きな役割を果たしていることはいうまでもない。

 こうした観光客の誘致、歴史と文化の町づくりに駅舎を取り込もうと、町商工会はさまざまな振興策を打ち出す。野瀬信弘事務局長は「駅に降りたら年代物の駅舎、そして安土城…。訪れる観光客らがタイムスリップしたように感じる町づくりを目指したい」と強調する。

 手始めに6月、豊浦港から安土川を上り、安土城の外堀まで行く約2キロのクルージングコース(約30分)を試験運航させたが、「今後は春秋のシーズンに観光客たちを乗せて実施、新たな観光の目玉に」(町、商工会)としており、安土駅を玄関口とした歴史と文化の町は、今、大きく動き出そうとしている。

常浜水辺公園(安土町常楽寺)

 常浜は「西の湖」の南に位置、観音寺城の外港で港町として物資搬入出で大いに栄えた。中心の観音寺城は中世、近江源氏・佐々木六角氏の居城で、山城としては日本最大の規模を誇り、国の史跡指定になる。常浜は観音寺が廃墟となった後も港としての機能を維持。昭和の初めごろまで琵琶湖に就航する蒸気船の寄港地として使われた。ここに設けられたのが水辺公園。水郷に沿って橋が架けられ、芝生の上には休憩場などがあり、のんびり散策などが楽しめる。付近には数多くのわき水があり、織田信長の家臣が主君に茶を献上した際使ったという梅の川が流れる。

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