9月30日号
住宅街出現 古代ロマン変貌 JR湖西線「小野」

湖西線開通後に出来た唯一の駅。コミュニティーセンターに隣接し、明るい雰囲気
 「小野」の地名は、聖徳太子の命により遣隋使として海を渡った小野妹子や平安初期の文人・小野篁(たかむら)らを輩出した小野氏一族が栄えた地であることに由来する。古代のロマンが眠るこの地に、大きな変貌が起きたのは1970年代の湖西線の開通と、それに合わせて開かれた大規模住宅団地「びわ湖ローズタウン」の出現だった。

 小野駅はニュータウンの玄関口として、開発を手掛けた京阪電鉄が全額出資して設置。昭和63(1988)年12月に開業した。湖西線の開通後に出来た唯一の駅である。

 JR西日本京都支社によると、開業時の1日平均乗客数は約2800人。平成10年ごろには4700人を記録したが、現在は4200人程度で推移している。ローズタウンへの入居が始まって30年近く、住人の高齢化も進んでいるようだ。

 駅のプラットホームに降り立つと、すぐ目の前に琵琶湖が開ける景観は、県内の駅でも有数の美しさといっていいだろう。琵琶湖に浮かぶ遊覧船をイメージしたという駅舎。広々とした駅前広場には、ゆったりとベンチが据えられている。駅舎に隣接してあるコミュニティーセンターのホールでは、年配の男女がピンポンに興じていた。センターを管理している大津市小野支所の音島良治所長の話では、自治会や婦人会の集会、展示会など、地域のふれあいの場として利用者は多いという。

 駅前の郵便局を訪れた主婦(53)に、この町の住み心地を聞くと「景色はいいし、空気はおいしい。20年前に大阪から引っ越してきましたが、満足しています。ただ、主人が大阪に通勤していますので、小野駅に快速が停まってくれたらいいのですが…」と。ついでにかいわいの見どころを聞くと、「やはり小野氏一族の史跡でしょうか。歴史散歩のグループの方たちが、よく歩いていかれますよ」。


 小野妹子の墓と伝えられる唐臼山古墳は、小野駅の北西約500メートル。住宅地中央にある小高い丘は、小野妹子公園として整備されており、駅から歩いて10分そこそこ。うっそうと生い茂る木立の中に妹子を祭る神社があり、その奥に巨大な箱型石棺状の石室が露出していた。

 丘の上からは、ローズタウンの家並みを通して琵琶湖大橋、大津市街が一望できる=写真下=。角度を変えれば、対岸の近江八幡・沖島。さらに遠く三上山、伊吹山、鈴鹿山系を見渡す景色は素晴らしい。

 丘を下って、旧北国街道を北に向かっていくと10分余りで小野道風神社。それからまた10分ほどで小野神社だ。小野氏一族の氏神社で、祭神に祭られている米餅搗大使主命(たがねつきおおみのみこと)は、初めて米をすりつぶして練り上げた「しとぎ(もち)」を作った人物とされ、お菓子の神様として菓子業者らの信仰を集める。境内には、小倉百人一首でもおなじみの小野篁を祭る神社(本殿は重文)がある。近代的な大規模住宅団地と、古代のロマンが眠る「歴史の散歩道」−志賀の里の自然と文化の奥深さを思った。

小野道風神社(大津市小野)

 平安前期の書家で、藤原佐理、藤原行成とともに「三蹟」と称される小野道風を祭る神社。小野氏一族の氏神社である小野神社の南、旧北国街道沿いの西の山手にある。竹林に囲まれた石段を上った所に、ひっそりとたたずむ本殿は、室町時代前期の創建と伝えられ、国の重要文化財に指定されている。

 道風は小野篁の孫。若いころから書を学び、和様書道確立の基を成した。柳の枝に繰り返し飛びつくカエルの姿を見て、何事も努力すれば必ず目的は達成できるものだと感じ入り、書に励んだというエピソードは有名。花札やカルタの絵にも登場する。

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