9月16日号
直流化に向けて新築 JR北陸線「虎姫」

今春、新しく生まれ変わった駅舎。構内にはまだ真新しい木の香りが漂う
 「これが駅? なんてしゃれた…」。ログハウス風の駅舎を見ての第一印象だった。湖北の「虎姫駅」である。今年4月下旬に新築されたばかり。表の駅名よりも横文字で記されたパン工房の名が堂々としていて、およそ駅舎というイメージはない。

 虎姫町商工会の藤田勝一さん(39)によると、町の自然と木の温もり、それにコミュニティー的な親しみやすさを生かした。中でも特徴的なのは「駅の機能に商業施設を併設したこと」と強調する。そう聞かされ、あらためて駅舎のありように納得したものだ。

 旧駅舎は明治35(1902)年の開業。平屋で赤い屋根に白の建物だった。新駅舎は、旧駅舎の老朽化とJR北陸線の今秋の直流化に備え、「人を呼べる」町づくりを目指して昨年着工、4月21日にリニューアルオープンした。建設費約1億500万円は、国や県の補助を得て町が負担。商業施設は町などが出資する第3セクター「まちづくり虎姫」が運営する。

 ここから派遣される駅員の小崎光輝さんは「1日平均の乗降客は100人強。観光客は少ないですが、直流化されれば列車本数も1時間に2本となり、利用客も増えるはず」と10月21日のその日を待ちわびる。


 木の香が漂ってきそうな駅舎の改札口を出る。すぐ右(北)側に先のパン屋さん、さらに奥にはおしゃれなイタリア料理店=写真下=がある。昼ごろだったのでどちらも地元住民らでにぎわい、パン屋さんには子ども連れの主婦やお年寄り、若い女性らが次々出来たてのパンを求めていた。若い女性の一人は「1週間に1回は来ますね。おいしいですよ」と笑顔で話した。

 ユニークなのは、駅舎南端横の「虎姫殿」だ。張子の虎大明神と、脇に風神、雷神の虎2頭が祭られる。2003年の星野阪神優勝の年に町商工会や観光協会などが設けた。今年の阪神の優勝は微妙で、祈願札も「家内安全」「結婚」祈願など一般的になるが、小崎さんの話では、7月に「寅(とら)年生まれの名も寅子という年配の岸和田からの女性が、熱心に阪神の連覇を祈願していった」そうだ。

 そんな虎ゆかりの「虎姫町」の由来を伝える碑と笛吹く女性像が駅前に立つ。長尾山(虎御前山)に住む美しい女性・虎御前と土地の長者・世々開(せせらぎ)との悲恋伝説だが、町の名前はこの薄幸の女性にちなむという。黄に黒のしま模様の虎姫が町職員の名刺や虎姫殿、駅前ののぼりなどに描かれ、虎の町を象徴する。

 新駅舎開業から5カ月。人を呼び込む商業施設の併設は「今のところ順調に推移している」と藤田さん。駅舎が刺激になって、周辺の既存の本町新興会(40軒)と五村繁栄会(20軒)の商店街にも「この地でも商売ができる」との意を強くさせ、効果も出はじめているという。町役場産業振興課の村上一道さん(35)は「この駅が町発展の大きな希望を抱かせてくれている」と町民の声を代弁、将来へ夢を膨らませる。直流化が実現する10月21日と22日の両日に記念イベント「フェスタ in 虎御前 2006」を開催。今その準備に余念がない。

五村別院(虎姫町五村)

 本願寺十二世教如上人に深く帰依していた湖北の門徒衆が、秀吉に隠居を命じられた上人を1597(慶長2)年、坊地を寄進して五村の地に迎え入れたのが開創とされる。教如はその後、家康から新たに京都に寺地の寄進を受け、1602年に東本願寺を建立した。「元の本山」と称せられるのもこのためという。広い境内には重文の本堂(1730年建立)や表門(1674年)ほか、客殿(1796年)、太鼓楼(1793年)などの伽藍(がらん)が囲み、地元民らが寺に寄せた信仰への熱い息吹を感じさせる。建立すべてを地元の大工「西嶋」が行い、名匠を誇ったことも特筆される。

滋賀新聞TOP京都新聞TOP