7月29日号
住民の気概が鉄路守る 信楽高原鉄道「信楽」

ローカル線の魅力あふれる信楽高原鉄道。ホームではタヌキがお出迎え
 日本6古窯の1つに数えられる信楽焼は、炎の色をとどめた濃い茶色の土肌とたっぷりの量感が魅力的だ。タヌキの置物でも広く知られている。その陶器の里を信楽高原鉄道に乗って訪れてみた。もえるような緑の山を背にした信楽駅に降り立つと、涼やかな風が吹き、5メートルもある巨大なタヌキ像が出迎えてくれた。

 国鉄信楽線(貴生川〜信楽)が開業したのは1933(昭和8)年。それ以降、地元住民の足として親しまれてきたが、不採算路線廃止という国策によって廃線が決定する。その路線を引き継いだのが、「地域に鉄路を残そう」という地元の総意を受けて昭和62年に滋賀県・信楽町・地元経済界などが出資して設立した第三セクターの「信楽高原鉄道」である。

 総延長14・7キロの短いローカル線。通学生であふれる朝夕を除くと乗客はまばらで、経営は苦しい。42人が死亡した平成3年5月の列車事故の後遺症にも苦しんでいる。同鉄道の本社が置かれている信楽駅で、山崎敏治常務の話を聞いた。

 「昨年は利用者がかなりダウンしました。JR福知山線の事故の影響で団体客が前年の40%まで落ち込んだのが最大の要因です。信楽事故の記憶がよみがえったのでしょうか…」「毎年3000万円強の赤字です。人件費を含め可能な限り経費を絞り、イベント列車を走らせたり、駅前陶匠会の協力を得て駅前陶器市を開いたりと乗客誘致に努力しているのですが」−。事故の補償費を含め累積赤字は約17億円に達するという。赤字は、国鉄が見捨てた三セク鉄道の宿命。みんなでこの鉄道を守る−住民の気概だけが存続の鍵である。


 駅前通りには陶器を商う商店が並ぶ。店構えや展示品にそれぞれ個性があり工夫があって、のぞき見て飽きることがない。いかにも信楽焼といった趣のものからモダンなオブジェや茶器・食器まで多彩な作品が目を引く。数多くの日常雑器に“用の美”を改めて実感させられた。国道307号沿いに点在する窯元や陶器店巡りも陶器の里ならではの楽しさだ。

 とはいえ、産業としての信楽焼の現状は決して明るくない。「生産量も売り上げも年々低下し、最盛期の3分の1程度にまで落ち込んでいる」(商工会の話)という。家庭用食器には安い磁器が出回っている。陶器ファンも増えてはいない。有名なタヌキの生産額も全体の5%に満たない。信楽の古陶やタヌキの置物を超える新しい信楽ブランドをどうつくっていくかが、今後の地域の課題のようだ。

 一方で、若い陶芸作家は増えている。信楽の土と窯にあこがれて他所からやってきた人も多い。彼らはこの地で、自分の陶を創造しようと励んでいる。喫茶「陶園」の壁面には、そんな若手作家の作品がずらり=写真下=。経営者の今井克さん(41)は2階のギャラリーを開放して若手作家をサポート、気に入った作品を買い上げて店に並べている。「私のコレクションです」とにっこり。「陶園」はもとより信楽の飲食店のほとんどが地元で作られた食器を用いている。それが「食べる楽しさ」を倍加させてくれる気がした。

県立陶芸の森(甲賀市信楽町勅旨)

 40ヘクタールの広大な丘陵地に設けられた陶器にかかわるテーマパーク。平成2年6月に開館し、翌年に開かれた「世界陶芸博覧会」の会場となった。信楽焼作品の展示コーナーや売店、イベントホールを備えた「信楽産業展示館」、国内・海外の現代陶芸作品や世界の陶芸資料を収集展示する「陶芸館」、研修作家受け入れのほか著名な陶芸家と地元業界との交流の場として活用する「創作研修館」からなる。屋外には野外展示場、イベント広場、日本庭園、遊歩道、太陽の広場(火の丘)などが設けられ、家族連れでも緑に包まれて憩うことができる。信楽駅から徒歩20分。月曜休園。

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