7月8日号
「水車の町」アピール JR東海道線「能登川」

町の顔「水車」をモチーフに駅前整備が進んだ
 「水車の町」を標榜(ひょうぼう)する旧能登川町。なぜ水車? 水車といえば別にここでなくても、昔は稲作地ならどこでも見られたものなのに…。なんて思いつつ、まず水車と能登川の関係を調べようと、今年の元日に合併、東近江市になったばかりの能登川支所へ。玄関先の池には水車が回り、緑が美しい庭園を設ける。そばに「水車のこころ」と題した看板も立つ。確かに水車は当地では象徴的存在だ。

 産業建設課で聞くと、同町では明治時代を中心に一時期、36基が大同川、瓜生(うりゅう)川、躰光寺(たいこうじ)川の町内3大水系で、主に精米で活躍した。一番古い水車は天保元(1830)年の設置。その後、電気やほかの動力に取って代わられ、昭和46年を最後に全て姿を消した。米どころにとって水車にこだわるのは、歴史の中のある種の郷愁、オマージュなのだろう。

 平成15年春に完工した駅舎(約1300平方メートル)の外観は、そんな水車の町をデザインした半円形の橋上駅。翌16年に駅舎の東西広場が整備された。新駅舎に設けられた西口には、高さ5・5メートルの2連水車と水車の羽根の一部を台座にした高さ6・8メートルのからくり時計が立つ。さらに正面の大型量販店の外観も水車をイメージし、「水車の町」をアピールしている。


 駅前を行く高校生や主婦らに聞くと「モダンな駅舎に加え、西口が新たに出来、通勤や買い物、待ち合わせ場所に便利になった。水車も分かりやすい」などと笑顔で応えてくれた。

 JR能登川駅の歴史は古く、明治22年7月1日の開業。駅前には家々が立て込み、隣接町の経済の集積地をも担い、町は駅を中心に発展してきた。そんな旧駅舎は平屋で東口しかなく、これまで西側の住民は不便をかこっていた。加えて開業100年以上を数え、老朽化も目立っていた。

 駅職員の話では、現在の乗降客数は1日平均1万5、6千人。新駅舎になって1日ざっと3000人近く増えた勘定という。快速が停まり、大阪も通勤圏内という便利さもある。

 新駅舎完成に合わせるように西側では、戸建てやマンションなどの建設が進み、支所の女性職員は「連日、新しい居住に伴う住民票が次々出て、そのラッシュぶりを窓口で実感した」と振り返る。今も住宅開発は進んでいるそうだ。

 かつての「駅前」、東側にはすぐ商店街が広がる=写真下=。その数、大小約200軒。創業が100年以上という老舗店もある。昔からの地域住民との結び付きが濃いが、昨今は「生活圏なので駅前に出たときは、東も西も利用してますよ」という新住民も多い。西口の開設により、商店街の一部で活性化を目指して「お買い物支援マップ」を作成。店の所在地、電話番号、トイレ、休憩所などを記し、お客サービスに力を入れる動きも出てきた。

 能登川支所の水車のこころに「軸(新駅?)を中心に、地域でも水車のようにひとり一人が手を結び、円満な絆(きずな)を結んで…」との文がある。表面をなぞっただけだが、ちょっぴり水車の町のこころが分かったような気がした。

能登川水車とカヌーランド(東近江市伊庭町)

 いわば能登川のテーマパーク。ふるさと創生事業の一環として平成3年に伊庭内湖畔に開設した。歴史的文化遺産である水車を通して、自然と調和した町づくりと人間性豊かな心をはぐくむ人づくりを−というのが狙い。広大な施設には芝生広場や小型水車3基が回る小川、カヌー発着場、水上ステージのほか、関西一という直径13メートルのシンボルの水車や、精米作業の体験ができる臼室、水車に関する資料などを展示する水車資料館が付設される。毎年夏にはドラゴンカヌー大会が開かれる。開園は午前9時−午後5時。休園は月曜と祝日の翌日。無料。電話:0748(42)3000。

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