7月1日号
「百名山」伊吹へ活気呼ぶ JR東海道線「近江長岡」

伊吹山を望む長いホームに滑り込むJR東海道線の電車
 名著「日本百名山」の伊吹山の項で、深田久弥は書く。「(日本の一番太い動脈である東海道線も)関ケ原、柏原、近江長岡、醒ケ井あたりは、物寂しい山間を走っている。…その中で私のいつもみとれるのは伊吹山の姿であった」。

 深田がほれ込んでいた伊吹山(1377メートル)への、いわば玄関口が近江長岡駅だ。

 マイカー時代とはいえ、今でも、この駅から伊吹を目指す登山客やスキー客の姿は絶えない。

 過去形で言うことになるが、伊吹山とこの駅との深い関係は、ほかにもあった。石灰石を産する伊吹山は、戦後、セメント産業の拠点でもあり、休業になる7年ほど前までは、山ろくの工場から近江長岡駅までの約3キロ間に専用線路が引かれ、セメント満載の車両が走っていたのだ。

 駅の開業は明治22(1889)年7月。

 滋賀県内ではあるが、現在は醒ケ井駅、柏原駅とともにJR東海に所属し、直接には岐阜の大垣駅の管轄になっている。

 「百名山」が言う通り、山々が北や南に迫り、山峡の駅、の風情。さすがに活気は少々衰え、駅周辺には一抹の寂しさが漂う。

 とはいえ晴れた日など驚くほど間近に、雄大な伊吹を仰ぐ地の利を得て往時のまま平屋の駅舎はある。

 関連会社社員として駅務をこなしている山田光さん(56)は地元育ち。

 「私が子どものころは駅も町もにぎやかでした。十数両もつながったセメント列車が伊吹山から走ってきていたし、冬はスキーを担いだお客さんが駅にあふれていました」。


 乗降客は日に約1200人。通勤圏は東は名古屋、西は大阪。高校生の通学先は彦根、長浜、岐阜の大垣が多いという。

 上り列車はだいたいが米原発、下り列車は大垣か豊橋発で、昼間などは2両編成なのだと。

 ホームに上がると、すぐ北に、ガスにかすむ伊吹の山ろくだけがうっすらと見えた。10両以上も停車できる長いホームは、長大編成の列車が往来した名残だ。

 待合所には「米原へ出て乗り換え、大津へ行きます」という若い女性がぽつんと。間もなく入ってきた2両編成の下り電車で去って行った。

 駅前で客待ちのタクシーの運転手さんに話を聞く。

 「登山客が多いです。昔と違って中高年がほとんど。6月のほたるまつりはにぎわいますよ」。

 ついでに、セメント列車の廃線の名残がないか、聞いてみる。

 「駅前の道を少し北へたどって、天野川に接近した所で見えます。鉄橋がそのまま残っていますよ」。

 なるほど天野川に、ぽつねんと小さな鉄橋が、レールとともに残っていた=写真下=。草に埋もれ赤さびた線路を見ていると、「夏草や兵(つわもの)どもが…」の芭蕉の句が思い出された。が、そんな感慨をふっ消すように対岸を新幹線が走った。

 小さな町を抜けると、目の前に、ガスの晴れ始めた伊吹の秀峰が見え、足はおのずとそちらを向いた。野鳥で有名な三島池や、伊吹山文化資料館などが待ち受けている方向だ。

三島池(米原市池下)

 京滋の最高峰・伊吹山ろくにある約3.9ヘクタールの池。昔、農業用水として造られ、秋にはシベリア方面からマガモが飛来するなど、渡り鳥の楽園として知られている。

 昭和32年、地元の大東中学科学クラブが、ここがマガモの自然繁殖の南限地であることを突き止めたことでも有名。カモと池が昭和34年には県の天然記念物に指定された。オシドリ、バン、オナガカモ、サギ類などの姿も楽しめる。

 伊吹山の地下水などが流入して水質良好。「逆さ伊吹」が水面に映えることもある。周囲には遊歩道もあり、特に冬季などは水鳥観察でにぎわう。

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