5月20日号
“ガチャコン電車”旅情誘う 近江鉄道本線「水口城南」

駅は文化施設が点在する甲賀市の中心部への玄関口だ
 “ガチャコン電車”の愛称で親しまれている近江鉄道の歴史は古い。1898(明治31)年にまず彦根−愛知川間が開通。2年後に貴生川まで延伸して関西鉄道(現在のJR草津線)との接続が実現し、大津や京都へ向かう足として利便さを増した。路線はさらに彦根から米原に延び、多賀線が敷かれ、1944(昭和19)年に八日市鉄道を買収して八日市線が加わった。総延長59.5キロの単線の鉄路である。

 かつて湖東地域の住民の足として活躍したが、今はモータリゼーションに押されて衰微する一方だ。とはいえ、田園地帯をのんびりと、あるいは住宅の庭先を縫うように走る小さな電車は、ひときわ郷愁と旅情を誘う。各駅下車の小さな旅でもと思い立って、貴生川駅から乗り込み、次の水口城南駅で下車してみた。

 10年前からアルバイト駅員として働いている南晴巳さん(70)とおしゃべりする。「厚紙で出来た切符なので、最初はパンチを入れると手に豆が出来ました」とのこと。切符販売機全盛の今、硬券の切符は今や全国でも珍しい存在だ。南さんの勤務時間は午前7時から午後3時半まで。その時間を過ぎると無人駅になる。「土・日・祝日も無人です。1日に売れる切符は150枚程度。定期での乗客が約50人。静かなものです」と笑う。木造2階建ての駅舎には、近江タクシーの配車センターが同居している。


 駅の南側は甲賀市の文化ゾーンだ。映画やコンサート会場として市民に親しまれている市立碧水ホールのほか県立文化芸術会館、歴史民俗資料館、図書館などが広々とした空間にゆったりと配置されている。図書館には水口が生んだ書家・巌谷一六と童話作家・巌谷小波父子の記念室も併設されていた。すぐ近くに水口曳山祭で知られる水口神社もある。すがすがしい雰囲気の境内で、伸びやかな気分に浸りながら少憩した。

 駅から北へ5分ほどで水口城跡=写真下=に至る。現存するのは内堀と、平成3年に東出丸跡に建てられた水口城資料館。乾矢倉を模した堅牢(けんろう)な白い城館が堀の周囲に植えられた桜木の緑に映えて美しい。資料館でビデオを見せてもらい、水口城の歴史を学習する。

 水口城は徳川家光が1634(寛永11)年の上洛に先立ち、宿館として築かせた。作事奉行は小堀遠州。京都・二条城の二の丸御殿を彷彿(ほうふつ)させる数寄を凝らした建物だったと伝わる。その後は幕府が任命した城番が管理する「番城」となり、後に水口藩主となった加藤明友は宿館がある本丸でなく二の丸に居城を設けた。明治になって本丸、二の丸共に失われ、石垣の一部は近江鉄道の敷石となり、本丸跡は水口高校のグラウンドと化した。

 資料館を出て内堀の外縁に設けられた散策路を歩く。まばゆいばかりの緑と初夏の日差しを楽しんでいた福永靖夫さん(75)と出会って近江鉄道談義。「乗ることはめったにありませんねえ。京都に勤めていた時は毎日お世話になったけれど。でも、なくなれば寂しい。このまま残っていてほしいですよね」−。

大池寺・蓬莱庭園(甲賀市水口町名坂)

 天平年間(729−749)に勅願によって行基が開山したとされる臨済宗妙心寺派の古刹(こさつ)。水口城築城の作事奉行を務めた小堀遠州が作庭したとされる蓬莱庭園で知られる。書院正面のサツキの大刈り込み観賞式枯山水庭園で、後方の波状にうねる2段刈り込みが大波小波を表し、白砂に描かれた砂紋を水面に、中央の大刈り込みを宝船に見立てた趣向だ。7種のサツキが次々と咲き誇る初夏はもとより、新緑・紅葉・雪の季節もそれぞれ風趣と禅味に富む。また、樹齢350年という開山臥龍の松、茶室前庭の築山枯山水も見事だ。水口城南駅から徒歩30分。拝観料400円。

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