2月10日号
4町合併 再開発へ意気込む JR東海道線「米原」

4町が合併した米原市の玄関口として整備が進む米原駅
 米原は昔から交通の要衝であり、物資の集積地であった。中山道と北国街道の結節点であり、さらに琵琶湖の水運ともつながっていたからだ。1889(明治22)年に鉄道が敷設されて米原駅が誕生し、その役割はさらに高まる。東海道線の関ケ原−馬場間、北陸線の米原−長浜間が同時に開業し、米原駅は両線の乗り継ぎ駅としてにぎわった。湖西線の運行で北陸線への乗り継ぎ客は減少したものの、いまも東海道線、北陸線、さらに東海道新幹線が停車する拠点駅である。近江鉄道の始発駅という顔も持っている。

 駅ヤードは広大だが、駅舎はさほど大きくない。多彩な駅弁を販売していて旅行客に人気はあるものの、駅から町に降り立つ人は少ない。1日の乗降客は5000人程度。新幹線の改札を通る人は約1万人というから、やはり乗り継ぎ駅の性格が強い駅なのだ。

 それだけに駅周辺はにぎわいに乏しい。とくに駅東口は、国道8号を走る車両ばかりが目につき、人影はほとんどない。かつての米原宿も閑散として、旅館の看板を掲げた家が2、3軒あるばかり。旧街道筋の商店もほとんど店を閉じている。

 一方の駅西口は、駅前広場から琵琶湖に向けて広い道路が整備され、スーパーや市役所米原庁舎、松下電器など大手企業の工場などもあって、それなりの景観を見せている。2000人を収容できるホールを持つ県立文化産業交流会館=写真下=の青い屋根も駅から眺められる。この会館はシニア向けに県が開催しているレイカディア大学の北部会場でもある。

 こうした中、新しい胎動も始まっている。一つは駅の東西をつなぐ自由通路の建設だ。駅の入場券を買わないと往来できなかった駅の東西が橋上の通路で結ばれる。「スーパーまで買い物に行けるのが楽しみ。車にも乗れず、足の弱った年寄りにはなによりです」と、駅東でやっと出くわした女性が話してくれた。77歳というが「名前なんて勘弁して…」とはにかんだ。開通は09年春の予定だ。


 二つ目は駅東の再開発である。線路と国道の間、約4ヘクタールの区画整理事業が進行中。県有地・市有地・民有地が入り交じった土地だが「まとまって地区計画を進め、米原再生の起爆剤になるような町づくりを」と市都市整備部は意気込む。

 見せてもらった青写真には幾棟かの高層ビルが描かれていた。さらに、駅南で計画されている滋賀統合物流センター構想も動き始めている。17ヘクタールの用地を市が造成し、10区画に分けて分譲して物流センターと製造工場を誘致する。県経済振興特別区に認定された事業で、JRが計画している貨物ターミナル駅とリンクさせる。「環境への負荷が少ない鉄道による物流拠点に」と都市整備部の村口智一さん。こちらも09年度末には稼動する予定という。

 一昨年春に4町が合併して誕生したばかりの米原市。その玄関口はこれから先、どのような変容を遂げるのだろう。数年後の再訪に期待をもって、米原駅を後にした。

青岸寺(米原市米原)

 南北朝中期に近江源氏佐々木氏が創設した米泉寺から始まる。天正年間に焼失したが、彦根藩主となった井伊家の尽力もあって再建された。現在は曹洞宗の禅刹(ぜんさつ)で、本尊の聖観音立像は“お腹籠の観音”“旗竿の観音”とも呼ばれる秘仏。

 彦根城・楽々園の作庭奉行の手になるという築山林泉式の枯れ山水庭園は国の名勝に指定されている。正面に三尊石を配し、枯れ滝を組むなど、変化に富む石の配置と、青々とした杉苔が美しい調和を見せている。松などの庭木には雪吊りが施されていた。猿や鹿などが庭に出没するのが寺の悩みとか。拝観料300円(小中学生100円)。火曜休。

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