1月27日号

大橋賢嗣(おおはし・けんじ)
1976年彦根市生まれ。米原高から追手門学院大へ。卒業後、父経営の大橋木工所に入社。彦根仏壇木地製造に従事。彦根市在住。
「奥深い仏壇に日々努力」 
−彦根仏壇職人 大橋賢嗣さん(30)

木の持つ特質を確かめながら作業を進める大橋さん
 木工所2階で、彦根仏壇の本体を作り上げていく木地師としての作業の最中だった。真剣だが、柔和な表情が仏壇製造にいかにもふさわしい。

 「この父の会社に入って8年ですが、まだまだ独り立ちはできません。どこまでできれば一人前なのかさえ分からないほど奥が深い仕事です」

 京仏壇よりシンプルな形を特徴とし、庶民に浸透してきた彦根仏壇。井伊家三十五万石の城下町がはぐくんだ武具師、漆工などの技術が江戸中期、仏壇製造に結晶し、地場産業に育った。

 全工程は木地、宮殿、彫刻、漆塗り、金箔押し、錺(かざり)金具、蒔絵(まきえ)の7分野に分業化されており、「工部七職」と総称されることもある。

 大橋木工所の仕事は、仏壇作りの最初の工程である仏壇本体を作る木地師としての作業だ。その後の工程や仕上がりに決定的な影響を及ぼすだけに、極めて大切な仕事とされる。

 木工所での大橋さんの師匠は伝統工芸士(経産大臣認定資格)である父と叔父。

 「2人の伝統工芸士に確認してもらいつつの作業です。しかられることもよくあります」

 木地師の仕事は、木材選びからして難しい。また気候によって伸縮したり曲がったりする木をどう扱うか。木の性質の見極めや削り方で木の癖に対応するには、深い経験が必要だ。

 「部品と部品などの間に、ゆとりと呼ばれる微妙なすき間が出来るように製造することも大事です。後で塗られる漆の厚み分のすき間がいるんです」

 そんな技術的なことだけではない。中国が極めて安価な仏壇を輸出してきていることにどう対処するか、といった大きな問題も横たわっている。

 彦根仏壇事業協同組合の青年部のメンバーだ。15人ばかりの中で、大橋さんが一番の若手だという。

 数年後には、伝統工芸士の試験を受けるのはもちろんだが、ほかにも抱負は多い。

 「何代にもわたり用いられる仏壇や、仏間のない家に置かれるような仏壇も作りたいです。伝統技術習得のため、日々、努力も惜しみません」。やはり真剣な、そして柔和な表情だった。

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