1月20日号
新駅開業 にぎわい増す JR北陸線「木ノ本」

旧駅の約70メートル北に移転・新築された純和風の木ノ本駅
 昨年秋の北陸線直流化に合わせ移転・新築された。現在、駅前のロータリーや駐車場などの付帯工事が急ピッチで進められている。

 新駅は、昭和11(1936)年に建てられた旧駅舎(コンクリート平屋)の北、約70メートルの地にある。外観は「北国街道の宿場町」をイメージし、街道筋の町家に点在する「うだつ」を正面に配した純和風様式だ。白壁と茶色の柱などで統一された落ち着いたデザインが乗降客らを和ませている。

 鉄筋2階建ての橋上駅。2階内部は東口と西口を結ぶ自由通路、JR社員による駅本来の業務用窓口、待合室などがある。1階には多目的ホールや観光案内所を設け、1階と2階を結ぶエレベーターもある。ホールでは地元で採れた農産物、レンタルボックスには地酒、菓子などの特産品が並び、住民が三々五々、品定めしていた=写真下。

 駅員によると同駅の1日の乗降客はざっと300人。それが新駅開業で昨年10月21日から11月中旬にかけて「2、3割増で駅舎はけっこうにぎわった」という。観光案内所で応対に当たる主婦・二宮真由美さんも「紅葉の名所・鶏足寺への観光客らの応対やレンタサイクル業務などで多忙でした」と、新駅開業時を振り返る。

 木ノ本駅の歴史は古い。明治15(1882)年に木ノ本を含む長浜、柳ケ瀬間に鉄道が開業。あの有名な鉄道唱歌(北陸編)68、69番には、賤ケ岳などの歴史が刻まれる。その後、柳ケ瀬駅は、電化に伴い北陸線が近江塩津経由に変更されたため廃止された。


 唱歌の69番に「豊太閤の名をとめし 轡(くつわ)の森は木之本の 地蔵と共に人ぞしる 汽車の進みよ待てしばし」とある。「轡の森」は旧北国街道沿いの牛馬市の名残を歌ったものだろう。駅前から地蔵坂を上り、突き当たりの地蔵院を左折すればその道に入る。往古多くの人が行き交い、その雰囲気は色濃く漂う。

 宿場町の風情が今も残り、旧本陣や酒屋、庄屋、問屋などが軒を連ねる。唱歌に登場する牛馬市は室町時代から昭和初期まで、年2回開かれていたという。NHK大河ドラマ「功名が辻」で千代が夫のために大金を払い購入した出世馬も、この市場の馬だったと伝えられ、駅開業時に大勢の観光客らが訪れ、戦国の世に思いをはせた。

 ターミナル周囲はコンビニが目立つ程度で、道路と住宅地が広がるばかり。

 駅の開業に合わせて旧滋賀銀行木之本支店に開設された「きのもと交遊館」を訪ねた。地域住民の交流の場として、講演会などの各種催しに開放されているが、運営の木下新一町商工会事務局長は「押しつけでなく、これからは住民自ら考えて、この館を有効活用してほしい」と期待する。

 現在行われる駅周辺の整備は平成19年度の完成予定。駅リニューアルの本格的な成果も、そのころまで待たねばなるまい。

木之本地蔵院(木之本町木之本)

 年間45万人が訪れる県内最大の温泉観光地。延暦3(784)年に天台宗の開祖・最澄が開湯し 白鳳時代の創建と伝わる古寺。正式名は浄信寺。本尊の仏様は眼病治癒、延命息災のご利益で親しまれ、その信仰は地元ばかりか、全国的に知られる。特に毎年8月22日から25日まで営まれる大縁日は有名。境内は本尊をまつる地蔵堂に引きも切らず参拝者が訪れ、家内安全や無病息災を祈願する人たちで終日にぎわう。境内にある高さ6メートルのブロンズの地蔵は、秘仏の本尊を模したものとされ、地元の人たちは親しみを込め「木之本の地蔵さん」と呼ぶ。古い寺だけに空海、木曽義仲、足利尊氏、足利義昭らの歴史上の人物が参拝した記録も残っている。

滋賀新聞TOP京都新聞TOP