1月6日号
城、町活性化に役割大 JR東海道線「彦根」

彦根城築城400年祭の記念イベントに向け、準備が進む彦根駅
 駅前西口広場の中央に、井伊家初代・直政公の騎馬姿の銅像が立っている。その銅像に目をやり、国宝・彦根城の優美な天守閣=写真下=を望見すると、この町が井伊三十五万石の城下町であることを直ちに感得する。全国に“城下町”と呼ばれるところは少なくないが、往時の城が現存して市民に親しまれ、城の存在が町の活性化に大きな役割を果たしている所は実はそう多くない。彦根はそんな例外的な町だ。

 JR彦根駅の開業は1889(明治22)年7月。現在の駅は相対式2面2線の橋上駅で、近江鉄道・彦根駅も同じ構内にある。いま、2階コンコースを東に延長し、自由通路で駅東口につなぐ工事が進行中だ。4月から供用の予定で、鉄路で遮断されてきた町の東西が駅舎内で結ばれることになり、利便性が増す。1日の乗降客は約2万人。「彦根を素通りして長浜まで行く観光客が多いのが残念でね。今年こそ、もっと多くの人を彦根に迎えたい」と主席助役の内貴昌行さん。

 今年は彦根城の天守閣が完成して400年にあたる節目の年。彦根市では3月21日から11月25日までを「国宝・彦根城築城400年祭」と銘打ち、官民挙げての多彩な催しを予定している。

 普段は閉じられている西の丸三重櫓(やぐら)と天秤櫓(ともに重文)の特別公開は城郭ファンには必見だ。アカデミー賞を得た衣装デザイナー・ワダエミさんの衣装展、彦根で撮影された山田洋次監督作品「武士の一分」のスチール展、井伊家14代の事跡をたどる特別展、ホリ・ヒロシさんの人形姫絵巻など華やかな催しが目白押し。元彦根藩士で明治の三筆とうたわれた日下部鳴鶴(くさかべめいかく)の書、近江鉄道が保有する鉄道コレクション、郷土玩具や引き札のコレクションなども「まちなか博物館」として市内各所で展観される。幕末日本の開国を主導した井伊直弼の功績をテーマにしたシンポジウム「開国カンファレンス」も。


 彦根市は市内の各種団体の参画を得て400年祭実行委を設けて準備におおわらわ。東田孝一事務局長は「期間が長いので大変です。でも、市民から次々とアイデアが出され、住民にも観光客にも喜んでもらえる祭典になるという手応えを感じています」と語る。公募で誕生したマスコット「ひこにゃん」も引く手あまたの人気ぶりだとか。彦根商工会議所も「まちなか博物館」に全力を傾注しているほか「この機会に、携帯電話でQRコードを読み取って観光情報にアクセスしてもらう彦根ユビキタス観光もアピールしていきたい」(佐竹正夫専務理事)と力を込める。

 江戸の町並みを再現した夢京橋キャッスルロードは彦根名所としてすっかり定着したが、大正ロマンの街として誕生した四番町スクエアの評判もうなぎのぼりだ。「観光客にも満足してもらえるおいしい食事を用意しますよ」(伊吹利雄ひこね食賓館・四番町ダイニング支配人)と、関係者の意気込みは熱い。

袋町(彦根市河原2丁目界わい)

 「暮れかかるころの廓(くるわ)は一入(ひとしお)色めきたって見える」〜舟橋聖一の傑作「花の生涯」冒頭の一節である。井伊直弼と国学者の長野主膳、そして村山たか女。幕末の動乱を生きた3人の男女の同志的結合と愛憎の物語は、芹川沿いのこの袋町から始まる。袋町が公認の遊郭となったのは明治4(1871)年4月だが、幕末にはすでに歓楽街の様相を呈していたのだろう。売防法の施行で置屋や茶屋はスナック、クラブ、小料理屋などに転業し、今も150軒余が軒を連ねる湖国きっての歓楽街である。細い袋小路の一部には旧遊郭をしのばせる風情も残され、夜になるとネオンの花が咲く。

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